ゾーン ディフェンス サッカー 歴史は?

ゾーン ディフェンス サッカー 歴史は?

サッカーの試合中継を見ていると、「ここはゾーンでしっかり守っていますね!」なんて解説、よく耳にしませんか?

でも、「それって一体なに?」「いつからそんな戦術があるの?」と不思議に思う方も多いのではないでしょうか。

実はこれを知るだけで、サッカー観戦が何倍も面白くなっちゃうんです!

この記事では、そんな疑問を持つあなたに向けて、サッカーの守備戦術がどのように進化してきたのか、分かりやすくひも解いていきますね。

最後まで読めば、次の試合からピッチの上の選手たちが「何を狙って動いているのか」が手に取るようにわかるようになりますよ!

マンマークから始まり「ゾーン+プレス」へと進化してきた!

マンマークから始まり「ゾーン+プレス」へと進化してきた!

結論から言うと、サッカーにおける守備戦術は、「マンマーク主流の時代」から「スペースを守る発想の登場」、そして「現代的ゾーン+プレッシングの完成」へと、段階的に進化してきました!

昔のサッカーでは、ひたすら目の前の相手を追いかけるスタイルが普通でした。

しかし、「それでは効率が悪いぞ」と気づいた指導者たちによって、徐々に「自分たちの守るべきエリア(ゾーン)」を決めて守るという発想が生まれてきたんです。

さらに現代では、そこに「ボールを奪いにいくプレッシング」が組み合わされ、チーム全員が連動して動く高度な戦術へと発展しました。

つまり、今のサッカーで当たり前のように見ている守備陣形は、長い歴史の中で天才たちが少しずつ作り上げてきた「知恵の結晶」なんですよ!

どうして「人」から「スペース」を守る発想に変わったの?

どうして「人」から「スペース」を守る発想に変わったの?

マンマークの限界と、新しい守備発想の誕生

初期のサッカーの守備は、「マンマーク」が基本中の基本でした。

ディフェンダー(DF)は、自分が担当する相手フォワード(FW)にピタリとくっつき、ひたすら追い回すスタイルだったんです。

でも、これってすごく疲れますし、個人の対人能力(足の速さやフィジカル)に依存しすぎてしまうという弱点がありました。

相手が自分より足が速かったら、あっさり抜かれてピンチになってしまいますよね。

そこで1900年代初頭、イングランドのアーセナルを率いたハーバート・チャップマンという監督が発想を変えたとされています。

彼はディフェンダーに対して、「相手をどこまでも追いかけるのではなく、自分の受け持つエリアに入ってきた敵だけを対応しなさい」と指示したと言われているんです!

これが、サッカーにおける「ゾーン(スペース)を守る」という発想の始まりだと言われています。

このおかげで、DFラインが無闇に崩れることなく、組織としてゴールを守る土台ができたんですね!

ちなみに、バスケットボールの戦術としてのゾーンディフェンスが先に確立されていて、その後サッカーにも「スペースを守る」という概念が取り入れられたとする見方もあるんですよ。

ルール変更と現代サッカーへの影響

ゾーンディフェンスの進化を語る上で、ルールの変化も無視できません。

実は2005年のオフサイドルールの改定によって、それまで流行っていた「ラインコントロール(ディフェンスラインの上げ下げでオフサイドを取る戦術)」が少し難しくなった時期がありました。

その結果、多くのチームが無理にラインを上げず、ゾーンディフェンス主体の守備に移行したと言われています。

最近ではVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の普及によって、ミリ単位でのオフサイド判定ができるようになり、再び綿密なラインコントロールが可能になりつつあります。

さらに、EURO2024のような最新の国際大会では、ピッチを広く使う「ワイドプレー」がトレンドになったことで、再びゾーンディフェンス的な守備が多く見られたという指摘もあるんですよ!

ルールやトレンドの変化に合わせて、戦術もぐるぐると形を変えて進化していくなんて、とても興味深いですよね。

歴史を動かした3つの大きな転換点

歴史を動かした3つの大きな転換点

1950年代:ブラジルで生まれた初期のゾーン

ゾーンディフェンスの歴史を語る上で外せないのが、1950年代のブラジルです!

当時、ブラジルのクラブチーム「フルミネンセ」の監督を務めていたゼゼ・モレイラさんが、ゾーンディフェンスの初期形態を採用した人物として知られています。

この「ブラジル式ゾーンディフェンス」は、選手ごとに守るスペースをしっかりと分担し、自分のエリアに侵入してきた相手に対応するという構造でした。

  • 選手がそれぞれの「持ち場」をキープする
  • エリアに入ってきた相手にアタックする
  • チーム全体としての陣形を崩さない

ただ、これは現代のヨーロッパ式ゾーンディフェンスとは、運用思想やプレスのかけ方がかなり異なるとされています。

日本では今でも「ゾーンディフェンス=このブラジル式の待ち構える守備」という誤解が残っているという指摘もあるくらいなんですよ。

1960〜70年代:欧州式ゾーンの誕生とプレッシング革命

その後、現代に通じる「欧州式ゾーンディフェンス」の生みの親とされているのが、旧ソ連のヴィクトル・マスロフさんです!

1960年代にディナモ・キーウの監督を務めた彼は、4-4-2というシステムを導入し、チーム全体の距離感を保ったコンパクトな守備を作り上げました。

マスロフさんのすごいところは、「ボールの位置を基準にして、チーム全体がスライドして連動する」というコンセプトを生み出したことです。

戦術史上、彼が「現代サッカーの原型」を作った監督の一人として扱われているのも納得ですよね!

さらに1960年代後半から70年代にかけて、オランダ代表などを率いたリヌス・ミケルスさんが、「トータルフットボール」という一大旋風を巻き起こします。

彼は「プレッシング・フットボール」を提唱し、ボール周辺に選手を密集させて、高い位置から集団でボールを奪いに行くというスタイルを確立しました。

これが「ゾーン+プレス」の思想を大きく発展させることになったんです!

1980年代後半:サッキ・ミランによる「完成」

そしてついに、現代のゾーンディフェンスが「完成」する時が来ます。

主役は、1987年にイタリアのACミランの監督に就任した、アリゴ・サッキさんです!

当時のイタリアといえば、「カテナチオ(かんぬき)」と呼ばれるガチガチのマンマーク守備が絶対的な常識でした。

しかしサッキ監督は、「マンマークはもう古い!」とばかりに、イタリアの常識を覆す革命を起こしたんです。

彼が強調したのは、ボールの位置を基準にして、チーム全体で等間隔のコンパクトなブロックを形成することでした。

  • ディフェンスからフォワードまでのライン間の距離を常に狭く保つ
  • チーム全員が同じリズムで「プレス」「カバー」「スライド」を行う
  • 相手の選手ではなく、「ボール」を基準にして動く

この「ゾーンディフェンス+ゾーンプレス」が見事に機能し、ACミランは世界を席巻しました!

この成功によって、サッキ式の守備戦術は世界的な標準となり、2000年代以降の現代サッカーのベースとして今なお受け継がれているんです。

驚きですよね!今のトップチームがやっている守備の土台は、この時代にすでに完成していたんですよ。

戦術の進化は「より賢く、より連動する」歴史!

ここまで、サッカーの守備戦術の歴史を一緒に見てきました。

最初は「目の前の相手をひたすら追いかける(マンマーク)」という、いわば体力と根性勝負のスタイルでしたね。

それが「自分のスペースを守る」という知的な発想になり、さらには「ボールの位置に合わせて全員で連動し、奪いに行く(ゾーンプレス)」という高度な組織戦術へと進化してきました。

現代のトップレベルでは、ゾーンディフェンスは単体の「古い戦術」なんかではありません。

「ゾーン+プレス+ラインコントロール+可変システム」など、さまざまな要素と一体になった、守備構造の心臓部として今でも生き続けているんです!

歴史を知ることで、ピッチの上で起きていることの「意味」が深まってきますよね。

さあ、新しい視点でサッカーを楽しんでみましょう!

いかがでしたか?

「ゾーンディフェンスって難しそう…」と思っていた方も、その歴史や誕生の背景を知ることで、少し親近感が湧いてきたのではないでしょうか?

次にサッカーの試合をテレビやスタジアムで見るときは、ぜひボールを持っている選手だけでなく、ボールのないところでディフェンダーたちがどうやって陣形を保っているかに注目してみてください。

「あ、ボールが右に行ったから、チーム全体が右にスライドしたぞ!」

「今のプレス、全体が連動してて見事だな!」

そんな風に気づけるようになると、サッカー観戦の楽しさは何倍にも膨れ上がりますよ!

戦術の歴史を作ってきた偉大な監督や選手たちに思いを馳せながら、ぜひ今週末の試合を楽しんでみてくださいね!