小倉が選ばれたのは、西野朗監督の存在も関係していた。今シーズン序盤、グランパスは一時下位に低迷した時期があった。チームを率いて2年目となる西野朗監督は、かつてガンバ大阪の黄金時代を築いた指導者。しかし名古屋では昨季10位と低迷し、今季の序盤も流れに乗れない状態だった。

以前はトヨタ本体の人間で、現在グランパスの専務を務める中林尚夫が西野を呼び、会談を行った。雇われ側の立場の監督としては嫌な話(解任など)を想像したかもしれないが、そこで話されたのは「あきらめずここからも戦って欲しい」という後押しだった。

そして同時に告げられたのが、小倉GM補佐の就任だ。

西野と小倉の関係は今から約20年前に遡る。当時、1996年のアトランタ五輪出場を目指していたU-23日本代表の監督を務めていた西野。そのチームのエース格の選手が小倉だった。しかしアジア予選の最中、小倉は右ひざの大怪我を負い、結局チームは五輪出場を果たしたが小倉は欠場を余儀なくされた。

当時のケガについて、西野は周囲にこう漏らしているという。

「練習中のケガだったが、その日は少し長めにやったせいでケガをしてしまった。すまなかったという思いがある」

そんな両者が約20年の年月を経て、再びタッグを組む。西野はその知らせを聞いて、思わず笑みを浮かべたという。

小倉を呼び寄せた理由は、「改革の意志表示」や「監督との師弟関係」だけではない。そこにはトヨタがグランパスに求める"ブランディング"の意図も隠されていた。

これまでクラブのチーム統括部(いわゆる強化部)を務めてきた人材の多くは、元トヨタ自動車サッカー部出身の人たちだった。彼らはトヨタの中では当然サッカーに精通した人間と見られていたため、強化の仕事を任されてきた。しかし、プレー経験があるのは日本リーグ(Jリーグの前身)のみで、プロとしてサッカーを経験したことはなかった。

だから、Jリーグが誕生して20年以上が経った今、選手としてプロの世界で輝いた人物を本格的にクラブの要職で育てていこう──。

中林専務、久米社長とトヨタ側の話し合いで、そんな目標が掲げられた。

そしてその狙いを鑑みたとき、「グランパスで知名度を上げた小倉は打ってつけの存在」(クラブ関係者)だったのである。


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